噛み合わない両家を持った結婚に大後悔

私の結婚は、主人を婿に貰うという形で決まりました。主人は、3人兄弟の長男で、主人の実家は自営業でしたが、弟が跡をついでおり、婿に出してもいいと言われたためです。(私の実家も自営業を営んでおり、女姉妹の長女にあたるので、結婚するときは婿に来てくれる人と幼い頃より言われていました)

結婚前2年間の同棲生活の中で、遠方に住んでいる主人の両親とはよく電話で会話をしており、「早く結婚しちゃいなよー」と言った軽い感じで義両親から言われていました。

実際に結婚が具体的になり、結納はやらない代わりに、顔合わせをしようと決まり、私の両親を連れて主人の実家がある高知へ出向きました。義両親からは、「こっちまで来てもらえるなら、こっちでの段取りは任せてくれ」と言われていたので、顔合わせの場所など全てお任せしました。

しかし、前日になっても何の連絡もなく、どうなっているのか尋ねても「気にしなくていいから」と言うばかりでした。そして当日の朝になって、場所はどうするのか聞くと「ひろめ市場にしよう。あそこは名物が食べられるから」と言ってきました。ひろめ市場は、室内の屋台村のような場所で、確かに名物は食べられるかもしれないけれど、結納の変わりとして顔合わせを行うのに、それはないだろうと思い、急遽個室のある地元料理が食べられる料亭を予約しました。

顔合わせの場では、婿に貰う件や、結婚式は私が住んでいる関東で行う件など全て承諾頂き、和気あいあいと終わったのですが、お会計の場になり、私たちが元々出す予定でいたのですが、「お前は婿に行くのだからお金を出すな。全てそっち(私側)で負担しろ」と言ってきたのです。顔合わせの場所決めの件といい、価値観の違いを実感しました。

自宅に戻り、いざ入籍の日取りを伝えると、義両親に大激怒されました。それはそれは、ここまで怒っている人を見たことがないという勢いで、電話ごしに怒鳴られ、忘れられない体験です。

怒っていた内容は、

「長男を婿に出すのに、結納金は一千も出さない気なのか」

「私側の両親から、婿に貰いますと一言も言われていない」

という内容でした。

そもそも、結納はやらない予定で顔合わせを行ったし、その件も義両親には説明済みで納得された上で両親を連れて高知まで出向いたのです。しかも、その顔合わせの場では「婿にもらう」という件もしっかりと話をしていました。

私の両親からは、<今回の結婚はもう少し考えろ>と言われましたが、ここまでくると諦めるわけにもいかず、無理を押し切って入籍しました。

それが全ての始まりで、最大の間違いであったと今になって強く後悔しています。

顔合わせからこのような状況でしたので、その後結婚式の段取り決めでも大バトル。結婚式当日も、両家の火花が見えるような式でした。お互いの友人は両家の関係をしっているので、面白かったというほどです。

さらに、ことあるごとに両家の意見は食い違い、その度にひと波乱あり。昨年出産しましたが、新しい命の誕生という場面でも、新たな戦いが始まりました。

もう少し、相手方の両親を見てから結婚を決めるべきだと実感しました。結婚はお互いだけでなく、家同士のものだと痛感しています。そもそも価値観の違いが顕著であり、考えを一切引かない両親を持ち、話がかみ合わない結婚です。私たち二人がよくても、今後両家の間ではぎくしゃくした関係が一生続くのかと思うと、板挟み状態の私たちです。

お互い妊娠に対する思いにギャップを感じました

私が夫と結婚したのはお互い30代前半の頃でした。暫くは、自分たちのやりたい仕事や趣味があったので二人だけの生活を楽しんでいました。当時は充実した生活だったので、このままずっと二人だけの生活でも良いかなと考えた事もあります。

しかし私が30代半ばに差し掛かった時、子供が欲しいと強く思うようになりました。女性が妊娠出産するにはどうしてもタイムリミットがありますから、私も本能的に子供を望むなら今しかないと感じたのだと思います。

夫に子供のいる生活はどう思うかと聞くと、子供がいれば楽しいと思うけれど、いまいち想像ができないといった感じでした。

付き合いだしてから結婚まで10年かかったので、あまりにも二人でいる事に慣れきっていたからかもしれません。

しかし、夫に子供が欲しいと思うのなら、私の年齢を考えると今すぐ妊活しないと厳しい状態だと伝えると納得してくれました。

それから私は、妊娠に向けて葉酸などのサプリメントや漢方薬を飲んで体調を整えたり、生活習慣や食生活に気を付け、大好きなコーヒーをやめて妊娠しやすい体になるように努力しました。それでもなかなか妊娠しなかった為、基礎体温を測りグラフにして排卵日を調べる事もしました。

しかしいざ今日が排卵日と言う日に限って夫が乗り気でなかったり、すぐに眠ってしまうと言う事が度々あり、ついには大喧嘩してしまいました。年齢的に焦りがあったのと、私の方はこんなに努力しているのに、夫は何もしてくれないという気持ちが爆発してしまったのです。

その後、気持ちが落ち着いたときにゆっくりと話をしたのですが、夫の方も一生懸命になりすぎる私にプレッシャーを感じていたようです。それ以来、あまり必死になって妊活する事をやめました。その代り二人で温泉に行ったり遊びに行ったりする機会を多くしました。

よく妊娠を諦めた頃に赤ちゃんができたという話を聞きますが、私の場合もそうだったようでこの時期に妊娠することができました。気持ちが楽になりこのまま二人だけの生活でもいいかなと思い始めた矢先でした。

無事に妊娠出産までこぎつける事ができましたが、今思うと妊娠に対する思いはやはり私と夫では大きなギャップがあったのだなと思います。夫は私の年齢的な焦りをいまいち理解できず自然に任せたい、私は年齢を考えたら一刻も早く妊娠したいという感じだったと思います。

お互いよく話し合わないと決して埋まることのない溝だと思います。

あの時大喧嘩した後、自分達の思いを言い合った結果妊娠する事が出来たのだと思っています。

家事の分担

結婚をして3年目になりますが、親元を発つのがこれが初めてなので、家事全般に慣れておらず、仕事との両立に苦戦し結局仕事を辞めてしまいました。主婦業は毎日の繰り返しなので、手を抜くところ・抜かないところがよくわからなくて疲れてしまいました。独身時代に一人暮らしでも経験しておけば、なんとなく分かりますし、それなりの覚悟ができたように思います。掃除用品や洗濯用品など、ありとあらゆる物が売られている中で、どれが良いのか迷ってしまうこともありました。結婚してから、肌の調子も変わってしまったこともあって洗剤の良し悪しには気を使うようになりました。日用品を買う際にも、経験がない身にとってははじめてのことばかりで疲れてしまいました。

2人の住まいも、ほぼ家賃で決めたこともありますが、住んでみてはじめてわかることがたくさんありました。以前は高台に住んでいたのもあって風がよく通り、夏にはエアコンをつけたことがないくらいでした。住み始めた物件は、平地で5階ではありますが、窓の位置が悪く風がまったく入らなかったのです。夜などエアコンがなければ絶対に寝られませんし、寝つきが悪くなったりと、いまの物件には後悔しています。

また、マンションのすぐ横の建物が壊され、公園ができた関係で、静かだった日々が何かしら音がたつようになったのも物件選びに後悔した理由です。

共働きのときには、夫があまり家事を積極的に手伝ってくれなかったのも大変でした。帰宅時間が早い方がどうしても掃除や洗濯とりこみなど引き受けるので、結局、自分の負担になっていました。暮らし始める最初のうちから、きちんと分担を決め、相手を補いながら協力すべきでした。

お金の面では、やはり暮らしていくにあたってかなりの出費がありました。家電から日用品から買い揃える物はたくさんあります。お互いの貯金は合わせて管理していますが、学生の時に無駄使いをしていたなとよく後悔します。住み始めた頃はお互い正社員でしたので貯金はできていましたが、いまはパートの身なので微々たる金額しか貯金できていません。

また、やはり結婚すると独身の友人との時間がとりづらくなってしまうので、旅行などもっとしておきたかったのが心残りです。

子作りは、計画的にか無計画にか?

私が結婚後、はじめに感じた子作りに対する夫との意識のギャップは、その計画性にありました。私は結婚当初はまだ仕事をしていました。結婚してもその仕事は好きだったし、続けたいと思っていました。また結婚後しばらくは、夫婦二人での新婚生活を楽しむこともいいかなと思っていたのです。それまでは2年間の交際期間はありましたが、遠距離恋愛だったために、二人でいろいろな場所に出かけたり、主婦的なこともやってみたかったからです。

しかし、私の夫は、そのような考えを持ち合わせていなかったことを後から知ったのです。結婚前は、あまり子作りについても具体的には、はなしたことがありませんでした。いつか欲しいね程度で考えていたので。しかし、夫は結婚したら、すぐにでも避妊は解禁され、エッチもできると思っていたようです。結婚初夜からそのような傾向がありました。

私は正直結婚ということで、すぐに避妊を解禁した夫に驚きましたが、私は話し合いの必要があると思いました。なぜなら私はある程度、子供の生まれる時期を計算して、計画的に子作り、出産を指定と感じていたからです。

結婚初夜は、そのために気まずい雰囲気でした。ちょっと夫にはかわいそうでしたが。しかし、子供がもし出来て後悔しても遅いし、生まれてくるならば、望んで妊娠、出産したいと思ったからです。夫の子どもは授かりものという無計画的子作りの考え方と、私の計画的子作りの考え方で、意見は食い違いましたが、結局話合いの末、私の考えを理解してもらうことができました。なぜなら、結局妊娠して、出産するのは、女性である私だからです。

一度妊娠すると、妊娠期間中はあまり無理がきかないかもしれません。また子供ができると、大人だけで動くことに制約も出ますね。子どもが生まれたら、子供を交えた楽しみ方ができるけど、大人二人だけの楽しみ方は今しかできないという考えに納得できたようです。また私が仕事が好きで続けているということも理解できたのでしょう。子どもが生まれるまでは、仕事をしっかり応援すると彼は行ってくれました。

結婚当初は、子作りのギャップで、ぎくしゃくもしましたが、お互いに納得いく結果が出て本当によかったと思っています。

妊活のつらさ

婦人系の病気、症状がなかったため、結婚1年後ぐらいに子供ができればと思っていましたが、意外にも簡単にできず、1年経ってもできませんでした。そのため、産婦人科で夫婦で検査を受けましたが、異常なしとの結果が出て、タイミング治療も薦められたため、診察を受けていました。まず、タイミング治療となると、この日に、夜の営みを必ずしてください。3日間連続がいいです。など指導があり、最初は、言われたとおりにしていましたが、毎月、そのような指導を受けても、妊娠しないし、他人に言われて、セックスするとなると、お互いのモチベーションもすごく落ちてしまい、本当に義務的な行為としか思えず、いつの間にか、早く終わってほしいと思うようになりました。

夫婦お互いに精神的に参ってしまい、高い診察料払っても効果がみえないため、タイミング治療をやめてしまいました。夫婦共に異常がないなら、自然妊娠ができると信じ、また、基礎体温をつけることから始めました。基礎体温が下がり傾向になってきたら、夜の営みを求めるようにしていましたが、旦那も仕事の疲れや夜勤などで、必ずしも排卵日前後、排卵日にできることがなく、旦那が悪いわけではないのに、チャンスを逃したと八つ当たりする日もありました。今月は、ぴったりとあわせてセックスが出来たと期待していると、生理予定日前は、ソワソワして、意味もなく気持ち悪くなったりと、想像妊娠症状が出たり、ネットで、妊娠超初期症状を調べたり、無理矢理、自分の症状とネットにある症状を同じだと思い込んだりして、きっと妊娠していると自分に言い聞かせてばかりいました。

やはり、このようなことばかりしていると、生理がきたときのショックの大きさ、もう、こんなに努力しているのに、なぜという気持ちばかりが募り、怒りと悲しみをどこにぶつけていいのかわからず、旦那にまた八つ当たりしていました。旦那には、もう毎月、イライラされて、怒鳴られるぐらいなら、子作りなんてしないほうが、マシとまで言われ、大喧嘩となりました。

義理母からは、不妊治療の病院はあそこがよいとか、この漢方を飲めば効果があるとか、会うたびに言われ、心配してくださってるのは、よくわかるのですが、すごくストレスで、高価な漢方薬も飲む気にもなれませんでした。結局、ストレスが原因だったのかもしれませんが、子作りから4年が経ち、引越しなど、環境の変化、自然妊娠の諦めなどが重なり、気持ちが楽になったとたん、セックスも子作りのためでなくやったせいもあり、自然妊娠することができました。やはり原因不明な不妊は、ストレス、プレッシャーが原因だったのかもしれないと自分の中で思っています。

子供を望まない私と子供を望む主人との意見の食い違い

私は元々子育てには興味はなく、結婚してもさほど子供は欲しいとは思いませんでした。私には兄弟が多くて子育ての大変さを子供もころから肌で味わってきて、母親もほんとうに余裕がなさそうでたびたびかんしゃくを起こしていて、子育てというものはほんとうに大変でストレスの多いものというマイナスのイメージがすっかり作り上げられてきました。

一方、主人は子供は1人ぐらいいてもいいのではないか、という考えです。

ところが実際問題として主人の仕事や収入は安定せず、子供には本当にお金がかかることは火を見るよりも明らかです。主人は自分の収入の少なさや仕事が続かないことを棚に上げて、お金のことならば、子供を保育所に預けて奥さんの方が正社員で働くという方法もある、との考えを主張していました。

しかし、私はそこまでして正社員で働く気力はないし、その主人も暇な時間はゲームばかりして子育てに協力するようなタイプではありません。それにその時はすでにバブルがはじけて、新卒の人たちでもあれほど就職するのに苦労しているのに、まして年齢のいった中年の主婦が正社員は本当に難しい状況でとても夢物語です。

主人のその考え方はまるで寝言のように思えました。

それの体力面でもハードで、正社員はパートやアルバイトのように気楽なものではありません。さらに大きな責任を負わされ、時間も長くて心身共に疲れ切ってそのうえに家事や子育てとなると、余裕がないうえにストレスばかりたまっていてそれが子供にも伝わり、そんな状態で子供を産んでも十分な愛情を伝えることができす、子供がかわいそうなだけです。

それに赤ちゃんの時は夜泣きもします。それでなくても仕事とかで疲れ切っているなかで、満足に睡眠がとれないとなると本当に病気になり、すべてが悪い方向にいくことは100%断言できます。実家でも父親が病弱な母親の面倒を見ている状態で、とても頼れる状態ではありませんでした。

とにかく主人の仕事は不安定な状態が多いので、仮に子供がほしくても作れる状態ではなかったのです。

主人が子供を望むことについては自分の一方的な感情です。その時の状況を考えるととても理性的で計画的だとは思いませんでした。その時の主人の収入は主婦のパートでも少し時間を長く働ければ、十分得られる程度のものでした。現実的には子供には非常にお金がかかり、大きくなると塾やな習い事の月謝ははんぱではなく、今の時代は主人が正社員が働いて、そのうえに奥さんもパートで長時間働かないと生活できない状態です。

それなのに、主人はアルバイト的な仕事で収入も主婦のパート程度で、どのようにして子供を育てることができるのか、現実的な見方をしていない主人とはいつも意見が食い違っていました。結局子供は作らずに年月を経て、もう子供を作れる年齢ではなくなっています。

主人は子供を産んでいない私を否定し続けてきました。

そのことも原因で今は別居状態で一人でパートを掛け持ちしながら生活をしていますが、子供が好きでない自分としてはいい選択だったと思います。

素直に折れる心、コレが一番

円満な夫婦とは、はたしてどのような物でしょうか?お互いがぶつからず、いつまでも仲が良く、チャーミーグリーンな老後を目指す関係、恐らくは、そうした物を円満な夫婦と呼んでいるハズです。

しかし、我が身を省みれば、円満とは程遠いご夫婦も多くおられる事でしょう。私が思うに、そうしたご夫婦に足りない物は、素直に折れる心だと思っています。これは単に、相手のわがままを聞くという事ではなく、相手にも事情や理由があるのだから、その意見は尊重するべきである、という心がけを意味しています。

例えば、夫である私が夕方に帰宅したとします。妻は夕飯の準備中でしたが、流し台には洗い物が溜まっています。そこで妻からの「洗ってよ」の言葉に、「疲れて帰って来たのに皿洗いか」などと文句を言ってはいけません。疲れているのは事実ですが、それは妻も同じ事。今まさに料理の最中で、洗い物に手が回らないのであれば、手すきの夫にできる事は、その洗い物を片付ける事です。

しかし、「洗ってあげたのに」などと思っていては、円満な夫婦には近づいて行きません。妻は夫の為に毎日家事をこなし、こうして今日も夕飯を作ってくれているのです。自分のできない事をしている相手だからこそ、労いと感謝の気持ちをもって、その要望に応えるべきだと私は思います。

また、共通の趣味を持つと同時に、自分だけの趣味に対しては、ある程度抑制をする事も大切です。

例えば、一緒に映画を観に行ったり、DVDを借りて観る時などは、相手の観たい物を聞いた上で、自分もそれが観たければ賛成し、そうでもない場合は、「次は、こっちを観よう」と、今回は素直に折れておきます。遊びに行きたい場所、食べたい物など、必ずしも夫婦で一致しない事もありますが、今回だけは素直に折れておきましょう。またこの次もある訳ですし、これから楽しもうという時に、わざわざ衝突する事も無いでしょう。

それから、もう一つ重要な心がけとしては、見返りを求めても、それを強要しない事です。自分から折れるという事は、相手にひとつ譲るという事です。つまり、貸しを作っている訳ですが、それを返せ返せとせっついてはいけません。いつも素直に折れているだけでなく、そこに相手を想う気持ちがあれば、やがてそれは伝わります。そして、気持が充分に伝われば、相手からも感謝と労いの気持ちが返ってくるのです。そんなお互いに相手を思いやれる関係こそが、円満な夫婦であり、それにはまず、素直に折れる心が必要不可欠なのだと、私は思います。

当たり前ではなく特別な存在だと認めることの大切さ

夫婦円満のコツとは、マニュアルや決まりがある訳でもありません。そして、何か特別なことをする訳でもないのです。これをやっていれば絶対に大丈夫ということはありませんが、お互いの存在を当たり前だと思わないこと、これに尽きると思います。相手の存在を当たり前だと思った瞬間から、人は大事にしなくなってしまいます。失った時に初めて、その存在の大きさに気付くのです。だから、常に相手のことを大事に思う気持ちを持っていれば、自然と円満になります。

たとえば、挨拶をきちんとするということ。これは、一緒に暮らしていると、段々いい加減になってきます。朝起きたら”おはよう”、家を出て行く時は”いってらっしゃい”、帰ってきたら”お帰りなさい”、何かをしてもらったら”ありがとう”、謝罪の言葉を述べる時は”ごめんなさい”など、他人に対してはできていても、身内になるといい加減になりがちです。でも、こういったコミュニケーションを大事にできるかというのは、実はとても重要なんです。ちゃんと自分の話を聞いているのだろうか、自分のことを見ていてくれるのだろうかという気持ちは、これらの挨拶がきちんとできていれば、芽生えることのない感情です。ちょっとしたことではありますが、重要な役割を果たしています。

また、約束事を忘れないようにすることも大事です。これがきちんとできていれば、話を聞いていないということにもなりません。更に、お互いの誕生日や記念日などの特別な日の事も忘れないようにしておくと、なお良いです。

そして、夫婦円満というのは、喧嘩をしないことではありません。

喧嘩をしたからこそ見えてくるお互いの気持ちもあります。喧嘩をしないで、我慢をして溜めこむ方が、後々修復できないほどの傷にもなってしまいます。喧嘩をしてぶつかっても、お互いが納得できるまで本音で話し合って、仲直りすれば良いのです。喧嘩をした方が、仲直りをした際に、以前よりも絆が深まるので、喧嘩も大事なことです。

一人の時間を持つこと

結婚して長くはありませんが、お付き合いしてから現在に至るまで喧嘩らしい喧嘩をしたことがありません。互いに穏やかな性格で、何かに対して怒ったりすることもほとんどありません。また二人が持っている興味や関わっている仕事なども全く違うため、衝突することがないことも大きな要因だと思っています。

のんびりとした性格の二人ですが、たまに私がイライラしてしまうことがあります。そういった時はなんとなく距離を取ってイライラが収まるのを待ってくれたり、家事などの仕事を率先して手伝ってくれたりします。

例えば子供の面倒を見てくれたり、食器を洗ってくれたり、洗濯物を干してくれたりです。振り返ってみてパートナーの小さな気遣いにありがたいと感謝することが多いです。どちらかが疲れたりイライラしたりし始めたときは、距離を取って落ち着かせる、クールダウンするための一人の時間を持たせるのが大事だと思います。

私も相手が疲れていそうだったり、短気になりかけている時は距離を取って一人の時間を持たせるように心掛けています。イライラや疲れがたまっている時に話を聞こうと下手に構うと、余計に刺激してしまうことってありますよね。悩みを聞いて解決してあげたいつもりだったのに、喧嘩になってしまう事もあるかも知れません。家族だからいつも一緒、お互いの事は全て知っていたい、共有していたいと言うのは私の持っているスタンスではありません。ある程度一人の時間を持てれば自分の中で整理して客観的になれたり、自分で感情を処理できたりする余裕が生まれると思います。

その時点になってから、「さっきは何かあったの?」「疲れてるの?」などの言葉を掛けても遅くはないと思っています。イライラしている時に言われたら、「どうしてこうしてくれないの?」と相手を責めるような言葉を投げてしまいそうですが、ちょっと落ち着けば「こうして欲しかった」と自分の意見として伝えられるように気持ちの整理もつくと思います。

特別に難しい事ではありませんが、どちらかが気づける余裕さえあれば衝突は避けられると思います。最初は他人同士から始まった二人の関係をなれ合い過ぎないように、少しの意識を持って生活することが大切なのではないでしょうか。

「ありがとう」は夫婦円満の魔法のことば

せっかく縁あって夫婦になったのですから、どうせなら夫婦円満に過ごしたいと思うのは当然ですよね。夫婦も結婚当初は円満にけんかもなく、甘い生活を無理せず送くることができるでしょうが、これが長い年月の経過とともに夫婦円満とはいかなくなってくるのが普通です。それでも円満な関係をを維持できている夫婦もいるということは、きっと何か秘訣があるのだと思います。

私と夫の関係で考えると、人からは夫婦円満ですねといわれたり、夫婦円満だと思われているんだろうなと感じることが多々あります。それはきっと口げんかや、外で私や夫がお互いの悪口や不満を漏らさないからではないかと思っています。それも夫婦円満になるコツかと思いますが、それはあくまで、世間に対しての夫婦円満像になるコツですよね。実際に妻と夫の間で満足できるような円満な関係を築くためコツ、それは「ありがとう」という言葉をお互いに伝え合うことにあると思っています。それはどんな小さなことであってもです。

例えば、夫が洗濯物をたたんでくれた、皿洗いをしてくれた、買い物に一緒に行ってくれた、出かけるときに車を運転してくれた、掃除を手伝ってくれた、高いところの物をとてくれた、とにかく自分がしようとしていたこと、しなければいけないことをしてくれたら、どんなことに対してもとりあえず「ありがとう」と伝えることです。「ありがとう」を伝えるのに、必ず心をこめて伝える必要はありません。もちろん心から伝えられるならそれに越したことはありません。

ただ、些細なことで感謝の言葉を伝えるのに毎回心の底からというのは難しいかと思いますので。ただ、「ありがとう」を伝えるのに毎回心をこめて言う必要はありませんが、相手を見ていうことは大事です。目を合わせる必要はありません。相手がそっぽをみていることもあるでしょう。でも、自分が感謝の言葉を伝えるときには必ず相手の方を見て言います。もしも相手が自分を見てたとして、そっぽを見て「ありがとう」といっている姿を見たらせっかくの感謝の言葉も伝わりません。心をこめて言わなかったとしても「ありがとう」の5文字は口をでた瞬間に感謝の言葉になります。相手が自分を見ていても見ていなくても、自分は相手を見て伝えましょう。たった5文字の「ありがとう」ですが、その効果は夫婦円満のためには絶大な効果があると思います。