アレルギー体質の喘息の子供が生まれ結婚をちょっと後悔

恋愛結婚でしたが結婚してから主人の体質的な事がわかりました。主人はアレルギー体質で喘息でした。まだ若くて体力があったので私はわからなかったのですが結婚して彼の両親から聞いた話では頭は湿疹、喘息で育てるのは大変だったそうです。

長女が生まれ、主人の体質を受け継いでしまった様で生後3か月位から頬はアトピーで真っ赤で、卵アレルギーで1歳の頃には喘息で入退院を繰り返していました。季節の変わり目や風邪をひき咳が止まらなくなると夜中でも救急で小児科に通いました。主人は始めの頃は救急外来に一緒に行ってくれましたが、翌日の仕事が辛い、2歳下の妹が生まれた、私が専業主婦という事もあり主人が家で留守番をして私が救急に連れて行く事が多くなりました。

ドクターに肺を強くする運動をした方がいいとプールを勧められました。4歳から幼児プールに週1回通いました。体力がついてきて少しずつ喘息の発作を起こす間隔が広がっていきました。

アトピーは相変わらずで喘息で入院中も痒いと掻きむしり病院からは弱いステロイド剤が処方されるだけでした、同じ病室に入院していた子供のお母さんがアトピーで痒がっている娘を不憫に思ってか、よい皮膚科のお医者さんを紹介してくれました。「薬が合えばアトピー治るわよ。行ってごらん」娘は紹介された皮膚科の薬があった様で嘘の様にアトピーは落ち着きました。

子供は長女、次女、長男と3人の子供を授かりましたが、長女と長男は主人に体質が似ていて長男も卵が食べられず、喘息気味でした。入院はしませんでしたが、喘息の発作で小児科によく通いました。予方策として子供達3人共、プールに通わせ体力をつけさせました。プールは市営のスイミングスクールで送迎バスがないので週一回、プールまで私が車で送迎していました。

子育てに気を取られ考える暇もなかったのですが、自分の子供だから必死になって病院に通い、入院、プールと行ったり来たりしましたが、もし先に主人の体質がわかっていたら結婚はしなかったかもしれないと思っています。夜中の2時に喘息の発作の娘を抱っこし待合室にいる自分を「私、何してるのかな?」と思った事があります。弱い子が生まれたので仕方ないのですが、どこかで覚めている自分がいて、抜け出せない病院通いと疲労に結婚を後悔した事があります。

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