家計が厳しい

私は3年前に結婚しました。プロポーズをされる前に、旦那は自分の中で結婚を決意していたのか、転職をしました。今までの仕事よりも安定するし給料も高くなるし、家から近いからもし子供が産まれても子育てに協力できる時間が多くなるという事を私と私の両親にも説明してくれていたので、安心して結婚を決めました。

入籍は1月に行い、同じ年の11月に結婚式をしました。

結婚式は正直私も私の両親も無理して行わなくてもいいという考えでしたが、旦那と旦那側の両親がどうしても結婚式はしたいとのことでしたので行いました。

しかし、私側の両親からはお祝い金として大きな金額をくれましたが、旦那側は結婚式の祝儀以外一銭もありませんでした。

私はその事に衝撃を受けました。私の今まで育ってきた環境では、子供が結婚する時のためにと昔からお金をためてくれているのが当たり前という認識でしたし、私の周りの人たちも全員親からお祝い金をもらっていました。旦那に親から一銭も無いのはおかしくないかと話してみると、旦那は血相をかえて「うちの両親は毎日少ない金で自分たち2人の生活をするだけでも必死なのに、そんな子供の結婚式費用なんかあるわけないやん」って怒られました。

そんな家庭もあるんだと思い、そこはしぶしぶ納得して、結婚式費用として足りない分は自分たちで補てんして何とか結婚式を執り行う事ができました。

その翌年に第1子を妊娠し、私は妊娠8カ月まで仕事をしていましたが育児休暇に入りました。その際に、自分たちの家計を改めて振り返ってみると、無駄な出費をしている事が分かったので、旦那にお小遣い制にしたいと相談しました。

今までは共働きだったので同じ金額をお互いに入れ、残った金額はそれぞれが持っておくという家計でしたが、それではこれから子供のための貯金もしないといけないし、私の育休手当はありますが旦那の給料だけで生活していくようにしないとまずいと思ったので相談しましたが、それに対しての旦那の返事が「お小遣い制はやめてくれ。」でした。

理由をきくと「言わなあかんと思っててんけど・・・実はオレ今年に入ってから給料さがってるし、学生時代奨学金で通ってたから今その返済もせんとあかんくて・・・。」との事でした。

そこで私は2度目の衝撃を受けました。

私の知らないうちに旦那の給料がめっちゃ下がっている事実と、奨学金の返済がありその金額が高額だという事実。お金は生活する上で非常に大事な物ですし、そんな大事な事を今まで黙っていた事に私は非常に腹が立ちました。お金に無頓着な親が親なら子も子だとさえ思ってしまいました。

結婚するまで、決して裕福な家庭ではなかったけれど、何一つお金の事で苦労をせずに育ってきた私が、結婚をしてからまさかこんなにもお金のことで悩まされるとは思っていませんでした。

それからというもの、旦那の給料は私が全て管理するようにし、家計簿もしっかりとつけはじめ、徹底的に家計のやりくりの仕方を変えました。無事に子供の生まれ幸せに暮らしていますが、未だに喧嘩することはお金の事ばかりです。そのたびに私は結婚しなければこんなお金のことで悩まなくて良かったのに・・・と思っています。

お金って本当に大事ですよね。お金はいくらあっても足りません。いつか自分の子供が結婚する時は、同じ様にお金で苦労しないように、今の内から貯金しておこうと思います。

子作りに対する意識のギャップにおいて感じたこと

夫35歳、妻32歳の結婚3年目の夫婦です。結婚をして1年ほど避妊して、それからベビ待ちの生活をしています。

このご時世、お金がないよりあるに越したことがないので、共働きで正社員だった私は産休制度や育休など福利厚生が整った会社だったので、特に辞めようとも思わず、このまますんなり妊娠して、うまくいくだろうと思っていました。

初めの頃は、妊活アプリなど使ってなんとなくタイミングをとっていました。もちろん、運動などしておらず、栄養もサプリで補えばいいやと簡単に捉えていました。

タイミングをとってしばらくしても、子宝に恵まれなかったので、検査ということで病院にかかるようになりました。

その頃から、どうして苦しくて大変なのは女性ばかりなのだろうと感じ始めました。

夫は協力はしてくれますが、禁煙するといっては結局また吸い始めてしまったりと、期待してはだめの繰り返しでした。夫婦で協力しなくてはいけないのにと夫を責めたりしました。

私の友達も、だいたい同じ時期に結婚をしたので、妊娠した、出産したと聞くとショックを感じてしまい、夜眠れなくなったり、毎月生理のたびに泣いてしまう生活を送っていました。病院にいくのも、何回いっても結局同じならと面倒くさくなってしまったり、禁煙について口論になったりとしばらく休んでいました。

ゆっくりリラックスしようと思い、正社員を辞めて、パートを始めました。仕事を辞めることについては、夫の理解があったので感謝しています。やはり、自分の時間がとれることや、家の仕事に余裕を持ってできることにありがたみを感じています。

今の時代は、病院にいかなくても、検査薬を使ったり、アプリでタイミングをみたりできるので助かります。夫も、だんだんと知識が豊富になり、最初のころは自分から誘っていたり頼んでいたりしたことが、夫のほうから次はいつのあたり?と気にかけてくれるようになりました。

1番モヤモヤしていたことは、やはり周りの妊娠話や、病院に通っていたときに妊婦さんをみかけると落ち込んでしまうことでした。子供を将来授かりたいと思っていたら、年齢が若いことに越したことはないので、自分の事ですし、身体のメンテナンスなどできる事は早めにやっておくべきだとおもいました。

仕事を続けられなくなったことが後悔

私は結婚するまで看護師の仕事をしていました。専門学校を卒業して看護師の資格を取り、それから結婚までの13年間、病院は2か所変わりましたが、小児科や内科など様々な場所で良い経験をさせてもらいました。また中堅層になった時には、看護研究や学生の臨床指導にも携わり、自分でも一生懸命働いていたつもりです。

実際に看護師の仕事はとてもやりがいがありますし、いつも患者さんが変化しているので、二つとして同じことがありません。そして患者さんの接し方や、医師の治療方法など学ぶべきことも非常に多く、勉強も大変でしたが、私はこの看護師という仕事が好きで続けることができていたのです。

また看護師という仕事は、女性の仕事の中では、結構お給料ももらえるし、それで、自分の好きなこともできるし、一生結婚しなくてもいいかなと思っていた時期もあります。だって好きなように夜勤だってできるし、昼間は自分の好きなことをして過ごすこともできるからです。

しかしあるときに、私の夫になる人に出会い、交際が順調に進み、結婚をすることになったのです。私は彼のことが好きだったので、結婚することは私にとって喜びでした。もちろん仕事も続けようと思っていました。しかし、ここに盲点がありました。

彼は会社員でしたが、転勤のある仕事です。しかも全国。一度転勤すると早い時で、1年でまた転勤。長くても3年くらいだということだったのです。私は結婚して新しい土地で結婚生活を始めましたが、この就職を探すことがまず大変でした。

本来働くなら常勤を希望し、夜勤もバリバリしたい希望があったのですが、転勤がいつあるか分からない、そのためにもしかしたら長く働くことができないかもしれないと伝えると、みんな難色を示しました。そうですよね?せっかく就職しても辞められたら困りますから。私も理解していましたが、なかなか就職が決まらないことにストレスを感じるようになり、結婚をしたことを後悔するようになったのです。

その後常勤での就職は結局かなわず、現在はパートとして働いています。バリバリとは程遠い働き方ですが、看護師が続けていられるだけ良しとしなければいけませんね。でもちょっとこの人と結婚しなければ…と考えてしまう自分がいます。

田舎の長男の家に嫁いで辛い

私はドがつく田舎の長男の家に嫁ぎました。最初は甘い結婚生活を夢見ていました。綺麗な物件探して、新しい家具や家電選んで、寝室はこんな感じの色合いにして…と楽しい妄想を繰り広げていたのです。

ですが…結婚する前に妊娠が発覚。

慌ててお互いの家にあいさつ、それから両家の顔合わせとなりました。その時から彼の両親との考え方の違い、彼の父親になる自覚のなさ、責任感の薄さに嫌気がさしていたのですが、お腹の子はどんどん育って行ってしまうので安定期に結婚式を挙げました。

ちなみに彼と私は片道4時間ほどかかるところに住んでいたので遠距離恋愛の末の結婚でした。付き合って最初の段階で結婚を前提に付き合ってほしいと言われていたので、そのつもりで付き合っていました。結婚式を挙げる前に預金がどのくらいあるのか確認したところ…ほぼゼロでした。この時に私の中での後悔が訪れましたね。

これが1度目の後悔です。

なぜ結婚を前提にと言った時点で貯めといてくれなかったんだろう。私は昔からお金にシビアだったので結構な額を貯金していました。なので出産するまでは別居の形を取り、出産ギリギリまで私も働きました。その間彼も仕事とバイトをしてくれてある程度お金は貯められましたが結婚式や出産などもあり、またゼロに…。

子供が産まれてからいつまでも別居ってわけにはいかないので嫁ぎ先に訪れると…。

同居の話を持ちかけられました。お金がないのだから当然なことですよね。

義両親の他に義祖父母も住んでいて、水回り一緒の完全同居。全員分の料理を作って、文句言われて、お風呂はもちろん最後。子供を可愛がってくれるのはありがたいけど、ギャンギャン泣いていても私のところには返してくれない。お食い初めや誕生日は親戚中集めてのお祭り騒ぎで私は蚊帳の外。

私の地元もそんなに都会ってわけではありませんが、そこまで田舎ではないので付き合いは濃くないです。でも旦那の地元は人口が少ないので親戚じゃなくても付き合いが濃いため周りも物凄く干渉してきます。もう本当にノイローゼになりかけてます。

幸い子供と一緒にいるときは笑顔でいれていますが、旦那は育児に家事に非協力的だし、私より母親の肩を持つし、いいところが見つからないくらい後悔しています。田舎すぎて子供の人数も少なく、同じくらいの子がいないので今はまだ小さいからいいですが大きくなったときに遊び相手もいないんじゃ可哀想だなと思ってしまいます。私は主婦になる前は国家資格を取りバリバリ働いていましたが、ここには働き口さえありません。本当になんで結婚してしまったのだろうと後悔ばかりですが子供が産まれてきたことだけは嬉しいことなのでまだ救われています。何とかして同居を解消できてもう少し便のいい所に引っ越せるように話し合えたらなと思っています。

子作りに対するギャップは、夫婦で気持ちを寄り添って埋めていくしかない~男女の感じ方の違い

子作りに対するギャップは、子作り計画中の夫婦間で起きてしまうと、イライラの原因となりますよね。ましてや、不妊治療中なのに子作りに対する考え方や、心境の違いが露呈すると、ケンカになってしまったりして、精神的にも体調にも影響してしまいます…。でも、こればかりは、夫婦で気持ちを一つにして臨んでこそ、なので、お互いが気持ちも心も寄り添えるようにしたいものです。

子作りに対するギャップや、今現在をどうとらえているかで、すれ違いが出てきますね。特に女性は、自分自身の身体の状態や、刻々と過ぎていく時間、そしてそれとともに歳をとるわけですから、細胞の老化、卵子の老化も切実に感じてしまうことでしょう。

もちろん、男性も同じなのですが、実感が少ない場合、男女の感じ方はどうしても違います。

この部分に関しては、思いやりの心をお互い持つしかありません。そして、冷静に話し合ってギャップを埋めるしかないかもしれません。

でも、本来、子作りは本能的なものですから、特に男性は、このように子作りに対するギャップを食卓で夫婦で話し合ったりしたら…もうこれは、子作りが作業や仕事のひとつ、みたいに体感してしまって、減退してしまう男性も多いようですね。

さて、子作りに対するギャップは、現在や、近い将来ばかり考えている人と、30年とか先の将来を見据えて考えている人もいるのです。ここにも大きなギャップがありますね。

近い将来をイメージして考えている人は、可愛い子供は自分の宝物で、自分も理想の若い夫婦像…と考えていることでしょう。
こうゆう夫婦は、子供は小さくてかわいい赤ちゃんのまま、そして自分も若くてかわいい理想のパパママのまま、と想像しているかもしれません。でも、子供はいやおうなしにどんどん育ちます。そして、どんな人生を勝手に歩んでいくか、それは親とてわからないものです。子供は意外にすぐに手から離れて巣立って行ってしまいます。

また、30年先を見据えている人は、自分の老後、たくさんの家族に囲まれて幸せに送りたい、または、自分の跡取りは…と将来的な家系を考えている人もいるでしょう。それも実は親の勝手な考えですから、子供にそんな勝手な将来をおしつけて…と夫婦間でケンカになることも多々あるでしょう。

夫婦間でも、子作りに対するギャップは、ぴったり一致させて子作りに臨むには、お互いの考えを理解し合うことから始まるのですね。

ひと月にチャンスはほんの少し

2人目がなかなかできませんでした。

自然任せでなんとか・・・と最初は思っていましたが、その自然というなりゆきとやらがほとんどなくなってきてしまっていたので、真剣に向き合わないと!と焦って数か月。

自分の身体を知るために、毎日婦人体温計で測って、アプリを使って体温を記入して。1人目が自然のなりゆきだったために知らなかったことでしたが、私はかなり生理不順で、いつ次の生理がくるか分かりにくい体質でした。しかも、体温で「そろそろ排卵日かも・・・?」と思いきや、フェイント的な形でまた体温が上昇したりと読めません。

そのため、排卵日検査薬も導入して調べてみても、よく分からず・・・ということがあったので、思い切って産婦人科で見てみることに。

「まだ卵が小さいので、あと○日後くらいかしらね」と見てもらい、「え、まだ全然だったの?!」と衝撃を受けました。

それから毎月産婦人科で卵子の様子を見てもらいました。

当時はネットで排卵日検査薬が買えず、ドラッグストアでも置いておらず、仕方なく中国製のものを売っているサイトで買ったりしていました。

色々なことをネットで調べたり、気にしたり。

どうしたって、視野が狭くなるというか、おおらかではいられなくなります。

妊娠するということ自体が、かなりの奇跡的なことなのではないか?と。

排卵日が1日あって、その前後日しかない上、病院に行って診てもらわないとその排卵日が分からない。

ばっちりタイミングを合わせても、生理は容赦なくやってきて。

新婚当時のラブラブな時期に第1子を設けたときとは違って、それから5年以上経っていたので、「そりゃーできないわ」と思うほどチャンスが少なすぎる日々を過ごしていました。

排卵日が近づくと、私からお願いしていました。

念のため2日連続でやってもらおうにも、「体力が続かない」と断られたりもしました。

夫も2人目が出来たらいいね、というスタンスだった割に、全く知識がないというか調べたりもしないので、そのあたりで特にギャップを感じました。(頼めば相手はしてくれるけど)

世の中には夫婦で頑張って妊活しているところもありますが、妻だけが一生懸命に頑張って調べたり病院行ったりというケースもたくさんあると思います。

私は幸いタイミングだけで第2子を授かることが出来ましたが、考えすぎないようにしようとか、ストレスにならないようにしよう、とかはずっと無理でした。

噛み合わない両家を持った結婚に大後悔

私の結婚は、主人を婿に貰うという形で決まりました。主人は、3人兄弟の長男で、主人の実家は自営業でしたが、弟が跡をついでおり、婿に出してもいいと言われたためです。(私の実家も自営業を営んでおり、女姉妹の長女にあたるので、結婚するときは婿に来てくれる人と幼い頃より言われていました)

結婚前2年間の同棲生活の中で、遠方に住んでいる主人の両親とはよく電話で会話をしており、「早く結婚しちゃいなよー」と言った軽い感じで義両親から言われていました。

実際に結婚が具体的になり、結納はやらない代わりに、顔合わせをしようと決まり、私の両親を連れて主人の実家がある高知へ出向きました。義両親からは、「こっちまで来てもらえるなら、こっちでの段取りは任せてくれ」と言われていたので、顔合わせの場所など全てお任せしました。

しかし、前日になっても何の連絡もなく、どうなっているのか尋ねても「気にしなくていいから」と言うばかりでした。そして当日の朝になって、場所はどうするのか聞くと「ひろめ市場にしよう。あそこは名物が食べられるから」と言ってきました。ひろめ市場は、室内の屋台村のような場所で、確かに名物は食べられるかもしれないけれど、結納の変わりとして顔合わせを行うのに、それはないだろうと思い、急遽個室のある地元料理が食べられる料亭を予約しました。

顔合わせの場では、婿に貰う件や、結婚式は私が住んでいる関東で行う件など全て承諾頂き、和気あいあいと終わったのですが、お会計の場になり、私たちが元々出す予定でいたのですが、「お前は婿に行くのだからお金を出すな。全てそっち(私側)で負担しろ」と言ってきたのです。顔合わせの場所決めの件といい、価値観の違いを実感しました。

自宅に戻り、いざ入籍の日取りを伝えると、義両親に大激怒されました。それはそれは、ここまで怒っている人を見たことがないという勢いで、電話ごしに怒鳴られ、忘れられない体験です。

怒っていた内容は、

「長男を婿に出すのに、結納金は一千も出さない気なのか」

「私側の両親から、婿に貰いますと一言も言われていない」

という内容でした。

そもそも、結納はやらない予定で顔合わせを行ったし、その件も義両親には説明済みで納得された上で両親を連れて高知まで出向いたのです。しかも、その顔合わせの場では「婿にもらう」という件もしっかりと話をしていました。

私の両親からは、<今回の結婚はもう少し考えろ>と言われましたが、ここまでくると諦めるわけにもいかず、無理を押し切って入籍しました。

それが全ての始まりで、最大の間違いであったと今になって強く後悔しています。

顔合わせからこのような状況でしたので、その後結婚式の段取り決めでも大バトル。結婚式当日も、両家の火花が見えるような式でした。お互いの友人は両家の関係をしっているので、面白かったというほどです。

さらに、ことあるごとに両家の意見は食い違い、その度にひと波乱あり。昨年出産しましたが、新しい命の誕生という場面でも、新たな戦いが始まりました。

もう少し、相手方の両親を見てから結婚を決めるべきだと実感しました。結婚はお互いだけでなく、家同士のものだと痛感しています。そもそも価値観の違いが顕著であり、考えを一切引かない両親を持ち、話がかみ合わない結婚です。私たち二人がよくても、今後両家の間ではぎくしゃくした関係が一生続くのかと思うと、板挟み状態の私たちです。

お互い妊娠に対する思いにギャップを感じました

私が夫と結婚したのはお互い30代前半の頃でした。暫くは、自分たちのやりたい仕事や趣味があったので二人だけの生活を楽しんでいました。当時は充実した生活だったので、このままずっと二人だけの生活でも良いかなと考えた事もあります。

しかし私が30代半ばに差し掛かった時、子供が欲しいと強く思うようになりました。女性が妊娠出産するにはどうしてもタイムリミットがありますから、私も本能的に子供を望むなら今しかないと感じたのだと思います。

夫に子供のいる生活はどう思うかと聞くと、子供がいれば楽しいと思うけれど、いまいち想像ができないといった感じでした。

付き合いだしてから結婚まで10年かかったので、あまりにも二人でいる事に慣れきっていたからかもしれません。

しかし、夫に子供が欲しいと思うのなら、私の年齢を考えると今すぐ妊活しないと厳しい状態だと伝えると納得してくれました。

それから私は、妊娠に向けて葉酸などのサプリメントや漢方薬を飲んで体調を整えたり、生活習慣や食生活に気を付け、大好きなコーヒーをやめて妊娠しやすい体になるように努力しました。それでもなかなか妊娠しなかった為、基礎体温を測りグラフにして排卵日を調べる事もしました。

しかしいざ今日が排卵日と言う日に限って夫が乗り気でなかったり、すぐに眠ってしまうと言う事が度々あり、ついには大喧嘩してしまいました。年齢的に焦りがあったのと、私の方はこんなに努力しているのに、夫は何もしてくれないという気持ちが爆発してしまったのです。

その後、気持ちが落ち着いたときにゆっくりと話をしたのですが、夫の方も一生懸命になりすぎる私にプレッシャーを感じていたようです。それ以来、あまり必死になって妊活する事をやめました。その代り二人で温泉に行ったり遊びに行ったりする機会を多くしました。

よく妊娠を諦めた頃に赤ちゃんができたという話を聞きますが、私の場合もそうだったようでこの時期に妊娠することができました。気持ちが楽になりこのまま二人だけの生活でもいいかなと思い始めた矢先でした。

無事に妊娠出産までこぎつける事ができましたが、今思うと妊娠に対する思いはやはり私と夫では大きなギャップがあったのだなと思います。夫は私の年齢的な焦りをいまいち理解できず自然に任せたい、私は年齢を考えたら一刻も早く妊娠したいという感じだったと思います。

お互いよく話し合わないと決して埋まることのない溝だと思います。

あの時大喧嘩した後、自分達の思いを言い合った結果妊娠する事が出来たのだと思っています。

家事の分担

結婚をして3年目になりますが、親元を発つのがこれが初めてなので、家事全般に慣れておらず、仕事との両立に苦戦し結局仕事を辞めてしまいました。主婦業は毎日の繰り返しなので、手を抜くところ・抜かないところがよくわからなくて疲れてしまいました。独身時代に一人暮らしでも経験しておけば、なんとなく分かりますし、それなりの覚悟ができたように思います。掃除用品や洗濯用品など、ありとあらゆる物が売られている中で、どれが良いのか迷ってしまうこともありました。結婚してから、肌の調子も変わってしまったこともあって洗剤の良し悪しには気を使うようになりました。日用品を買う際にも、経験がない身にとってははじめてのことばかりで疲れてしまいました。

2人の住まいも、ほぼ家賃で決めたこともありますが、住んでみてはじめてわかることがたくさんありました。以前は高台に住んでいたのもあって風がよく通り、夏にはエアコンをつけたことがないくらいでした。住み始めた物件は、平地で5階ではありますが、窓の位置が悪く風がまったく入らなかったのです。夜などエアコンがなければ絶対に寝られませんし、寝つきが悪くなったりと、いまの物件には後悔しています。

また、マンションのすぐ横の建物が壊され、公園ができた関係で、静かだった日々が何かしら音がたつようになったのも物件選びに後悔した理由です。

共働きのときには、夫があまり家事を積極的に手伝ってくれなかったのも大変でした。帰宅時間が早い方がどうしても掃除や洗濯とりこみなど引き受けるので、結局、自分の負担になっていました。暮らし始める最初のうちから、きちんと分担を決め、相手を補いながら協力すべきでした。

お金の面では、やはり暮らしていくにあたってかなりの出費がありました。家電から日用品から買い揃える物はたくさんあります。お互いの貯金は合わせて管理していますが、学生の時に無駄使いをしていたなとよく後悔します。住み始めた頃はお互い正社員でしたので貯金はできていましたが、いまはパートの身なので微々たる金額しか貯金できていません。

また、やはり結婚すると独身の友人との時間がとりづらくなってしまうので、旅行などもっとしておきたかったのが心残りです。

子作りは、計画的にか無計画にか?

私が結婚後、はじめに感じた子作りに対する夫との意識のギャップは、その計画性にありました。私は結婚当初はまだ仕事をしていました。結婚してもその仕事は好きだったし、続けたいと思っていました。また結婚後しばらくは、夫婦二人での新婚生活を楽しむこともいいかなと思っていたのです。それまでは2年間の交際期間はありましたが、遠距離恋愛だったために、二人でいろいろな場所に出かけたり、主婦的なこともやってみたかったからです。

しかし、私の夫は、そのような考えを持ち合わせていなかったことを後から知ったのです。結婚前は、あまり子作りについても具体的には、はなしたことがありませんでした。いつか欲しいね程度で考えていたので。しかし、夫は結婚したら、すぐにでも避妊は解禁され、エッチもできると思っていたようです。結婚初夜からそのような傾向がありました。

私は正直結婚ということで、すぐに避妊を解禁した夫に驚きましたが、私は話し合いの必要があると思いました。なぜなら私はある程度、子供の生まれる時期を計算して、計画的に子作り、出産を指定と感じていたからです。

結婚初夜は、そのために気まずい雰囲気でした。ちょっと夫にはかわいそうでしたが。しかし、子供がもし出来て後悔しても遅いし、生まれてくるならば、望んで妊娠、出産したいと思ったからです。夫の子どもは授かりものという無計画的子作りの考え方と、私の計画的子作りの考え方で、意見は食い違いましたが、結局話合いの末、私の考えを理解してもらうことができました。なぜなら、結局妊娠して、出産するのは、女性である私だからです。

一度妊娠すると、妊娠期間中はあまり無理がきかないかもしれません。また子供ができると、大人だけで動くことに制約も出ますね。子どもが生まれたら、子供を交えた楽しみ方ができるけど、大人二人だけの楽しみ方は今しかできないという考えに納得できたようです。また私が仕事が好きで続けているということも理解できたのでしょう。子どもが生まれるまでは、仕事をしっかり応援すると彼は行ってくれました。

結婚当初は、子作りのギャップで、ぎくしゃくもしましたが、お互いに納得いく結果が出て本当によかったと思っています。